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2003.01.15
安全衛生講座

人間心理の落し穴 ~機械優先か、システムか~ 小栗利治

人間心理の落し穴 -機械優先か、システムか-
小栗利治
 労災であれ、品質不良であれ、トラブルには外的要因と人的要因の二つがあって、その割合は前者が二〇%弱、後者が八〇%強と言うのが定説である。
 日本経済がデフレや不況に入ってから十年、今だに立ち直れないのは、高コスト体質、殊に世界一高い賃金水準にあると言われている。つまりコスト競争力を失ってしまったからだろう。そこで今号は予定されざるコスト、つまり労災とか品質不良のトラブルを防ぐには、人的要因、特にそのうちでの心理的要因にスポットを当てて、トラブル防止を考えてみたい。
 既に本誌第十四号で「ヒューマンエラー」を、第十五号で「フリーターとKYT」で心理的側面を述べたが、更に視点を変えて心理的な側面を考えてみたい。
一、場面行動
  突発的に危機的状況と判断した者が、自らそれを回避する能力がないのに、前後の見境なく行動することがある。
 二つ重ねの一つが二トンもある荷の上の一つが地面に落下しようとしたとき、入社したばかりの十五歳の少年が「制止しよう」とした大人を振り切って、荷を支えに行き、圧死した事件がある。経験不足を補う教育不足が一因である。
二、忘却
 作業中に、必要な手続きを忘れて事故になる場合がある。人間は一度覚えたことでも三十分も経てば半分は忘れると言われている。それを補うには必要な手続きを図解したものが、身近にあるとか、経験豊かな人が身近にいて、尋ねれば教えてくれる体制が必要である。
三、周縁的動作
 足場上で塗装していた者が、急に立ち上がったり、向きを変えたりする動作で、立ち上がったとき、すぐ上にあった鉄骨で頭を打ったり、向きを変えたとき開口部があって、そこから墜落するときがある。頭を打っても怪我しない物で上部を覆うとか、開口部を養生しておくとかの方法がある。
四、考え事
 作業中に、雑念(出勤前に妻といさかいがあったとき、テレビ番組の回想とか)が作業をしている意識を占有してしまい、作業への意識が中断して、作業の手順の一部が省略され、不良品を作ってしまったりする場合がある。
 手順の一部が省略されたら警報音が出るとか、折り目に指差確認するシステムが習慣化されえていればトラブルは防げるであろう。
五、無意識行動
 周縁的行動や、考え事以外にもいろいろ現れる無意識的動きがある。
 出されたお茶を、テレビの番組に夢中になりながら咄嗟に手を伸ばして、口へ運び、流し込んだ途端、熱過ぎて、上あごの薄皮が剥がれ、咽喉を火傷したことが誰にもあろう。勘違い、取り違い、見落とし等の作業ミスも生ずる。
 この場合、お茶を出した人が、「熱いよ」と一声かけるとか、指差呼称が必要になろう。
六、危険感覚
 個人差が人にはある。我が家では、二階の畳の部屋で夕食を摂るのが習慣であった。
 「階段は大変危険なので、階下で食事を摂ること」を私は主張していたが、妻は「階下は落ち着かない」と称して、頑として受け付けない。
 食事が終わって、食器の入った盆を両手で持って階段を降りていた妻は、階段を一段踏み外し、階下まで転落した。幸い大怪我には至らなかったが、あちこち打撲や挫創した。以後、我が家の食事場所は階下となった。
 危険感覚の差は現場で随所に見受けられる。上級管理者は「言ハズ、聞カザル、見ザル」では危機感覚の差は埋められない。
七、 近道行動
 高名なキューりー博士は車の少ない時代に自動車事故で亡くなった。今のように車社会になると、交通事故は日常目撃されるが、それでも人は危険感覚が薄れ、すぐそこに信号があり横断舗道もあるのに、少々の信号待ちを嫌い、その直前を斜め横断する近道行動は絶えない。
 天井の照明がトラブルを起こした。そこで蛍光管を持ってきて、フォークリフトのフォークの上に乗り、それを上に上げて天井の管を取り替え中、不安定なフォークの上から地上に落下した死亡事故がある。
八、省略行動
 「気を付けてやれば大丈夫」と言った過信から、プレスに取り付けてある両手ボタンの一方を、「かませ物」を入れて、常に押した形にし、片手操作に切り替えていて、自らの左手が死点に入っているのに、右手でボタンを押してしまい、金型がスライド、右手全指を切断する事故があった。
 省略は、モラールの低さから発生する。省略行動がある会社は永続きしないだろう。
九、憶測判断
 乾いた道路と濡れた道路では、ブレーキを踏んでから、車が停止する迄の距離には違いがある。ところが人は「大丈夫だろう」といった「だろう」判断をする。これが事故の原因となる。相手が気を付けてくれるだろうなんて、先入観や、希望的観測は危険だ。
十、錯覚
 錯覚は人につきもの。よく例にされる。
   ――――――――
   a点    b点
   ――――――――
   c点    d点
 a点からb点までの長さと、c点からd点までの長さは等しいのに、a点からb点までの長さの方が、c点からd点までの長さよりも長いと感じてしまうような錯覚は、視覚とか聴覚の中の働きの中で発生してしまう。
 信号の赤、黄、青が錯覚防止の好例である。
十一、慣れ
 慣れによるエラーは、初心者にも、熟練者にも発生する。本誌十四号の図を参照されたい。
 この慣れが恐いのは、異常を見落してしまうことにある。
 基本を守らせる習慣と、普段の教育が欠かせない。然し、現場の管理監督者は、自らが一職人になり切ってしまっていると、マネージメント不足により危機は常に存在する。
十二、性格
 中災防刊「新職長の安全衛生手引」十六頁による気質・性格の型によると、主なタイプが「口数の多い社交型」・「口数の少ない孤独型」・「もの静かな几帳面型」・「引っ込み思案型」・「気分にムラのある型」・「でしゃばり型」と六つに分けられている。
 また「災害頻発者」と呼ばれ、問題を起こす者が特定される場合もある。
 これらは上級管理者や監督者がその性格を呑み込んでマネジメントする必要を示している。
 人の優劣を判断する場合、人柄の良さ、悪さを基準にしている人が多い。然し、それはたくさんある優劣判断の一つでしかない。
 たった一つでしかない判断基準をすべての考課にしてしまうのは、その管理・監督者の知識不足だろう。人は限りなくエラーを起こす心理的な側面を持っている。それを補うには、エラー防止の「ポカよけ」の如き機械に頼ることも大切だが、それはコストにもなる。そこで本誌第九号「作業標準」、及び第二十三号「ITの上手な活用と安全衛生」の如きシステムによるマネージメントと、指差呼称による確認は欠かせない。

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